文法の魔法

文法の魔法

北村浩子

主婦と生活社

発売日: 2026年10月16日

ISBN: 9784391168143

1,760円

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親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりしている。 書き出しが印象的な名作はたくさんあるが、夏目漱石の『坊っちゃん』もその1つ。にゅっと勢いよく突き出される、自己紹介的な冒頭のこの一文を記憶している方も多いだろう。ところで、〈親譲りの無鉄砲で〉の〈で〉について、考えたことのある方はいらっしゃるだろうか。この〈で〉が、実は文章の魅力を担っていると言ったら不思議に思われるだろうか。 〈無鉄砲〉は、品詞で言うと形容動詞だ。「形容動詞+で」となる時は「原因・理由」または「並列」を表すことが多い。たとえば、   *仕事が大変で、今日は飲みに行けない。 ⇒ 原因・理由 *積極的で明るい人を採用したい。 ⇒ 並列 並列の場合は、前後の言葉のニュアンスを揃えたほうが自然に感じられる。 *あの店はにぎやか(ポジティブ)で味もいい(ポジティブ)。 ⇒ 自然 *あの店は不親切(ネガティブ)で料理もまずい。(ネガティブ)。 ⇒ 自然 *あの店は不便(ネガティブ)で安い(ポジティブ)。 ⇒ 不自然  こんな文も作ることができる。 *佐藤さんは勉強熱心で立派だ。 この「で」は「原因・理由」「並列」の2つのうち、どちらの意味を表しているのだろう? 「勉強熱心」も「立派」もポジティブなニュアンスがあるので、並列ともとれる。また「勉強熱心だから立派だ」と、理由を述べているともとれる。つまり「で」は、1つで、2つの意味を表すこともできるのだ。 親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりしている。 この文はまさに「1つの言葉(厳密に言えば1つの活用)で2つの意味」が感じられる文だ。「無鉄砲だから損ばかりしている」とも解釈できるし「無鉄砲かつ損ばかりしている」とも読める。どちらかと言えば前者の意味合いが強いとは思うが、「無鉄砲」も「損」もネガティブなイメージの言葉なので、並列と捉えてもおかしくはない。この文のあとには「無鉄砲さ」ゆえに損をしたようなエピソードが書かれているけれど、よく読むと家庭環境に恵まれなかった不遇さが「損」の根幹にも思える。「親譲りの無鉄砲のため」とか「無鉄砲が災いして」に変えてしまうとリズムが崩れる。〈無鉄砲で〉の〈で〉によって、この一文には期せずして快さと広がりが生まれているのだ。   そう考えてみると、少しばかり面白さを感じるのではないだろうか。漱石はただ自然に書いただけなのかもしれないが、こうやって拡大してみると、なにげなく使っている言葉の中に、ちょっとした秘密が隠れているような気がしないだろうか。 母語話者にとって文法とは「知らずに会得し自分の中で育てた膨大なルール」だ。そのルールに着目し深掘りしてゆくと、謎解きをするようなワクワク感が潜んでいるのが分かる。知っている人の知らない顔を見たような気持ちになれる。文法のスリリングさをここから探検してゆきたい。

この本のデータ (キョウハツ独自集計)

同日発売(金曜日)
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主婦と生活社 の発売傾向
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本作は金曜発売
10月の小説・書籍内 価格順位
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10月16日の同日発売